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キャリア・生き方
2021年07月13日

政治記者から『駐夫』へ。決断の決め手は「大切な家族の存在」

WOW WORLDがスポンサーとして提供する『森清華のLife is the journey』(かわさきエフエム)は、パーソナリティの森清華さんが、最前線で活躍されている企業経営者や各界のスペシャリストの“人生の分岐点”から、「これからのキャリア、生き方のヒント」を紐解いていくラジオ番組です。
今回はゲストに、ジャーナリストの小西一禎さんをお迎えしました。共同通信社に入社し政治記者として精力的に活動していた小西さんが、妻のアメリカ赴任を機に「駐夫(ちゅうおっと)」という選択をします。充実したキャリアを手放す決断をした、その人生に迫ります。

ジャーナリストの小西一禎さん

※『森清華のLife is the journey』は、かわさきエフエム(79.1MHz)にて毎週水曜日 午後9時~9時30分オンエア。このコーナーでは、その中から月に1本、当社が選定した回を一部抜粋してテキストでご紹介します。

【キャリアのスタート地点】番記者として政治ドラマを追う激動の日々

小西さんは高校生の頃から新聞記者を目指します。大学2年のとき、38年間単独政権を維持し続けた自民党が政権交代するという大きな「政治ドラマ」のような時代の転換点を目の当たりにしたことをきっかけに政治部記者を志して、共同通信社に入社。9年の地方修行を終え、晴れて本格的にキャリアをスタートします。

森さん 政治部の記者とはどのような働き方なのでしょうか?

小西さん 政治部に配属された新人は内閣総理大臣に付くことになっており、私は小泉首相の総理番となりました。総理の一挙手一投足を追い、何を考え何に興味をもっているのか本人に成り代わったかのように答えることができなければ、番記者失格といわれる世界です。仕事中は総理に心が乗り移るような気さえしました。

森さん ずっと一緒にいてウォッチしないといけないわけですね。当時ご自身のキャリアをどのように考えていましたか?

小西さん 一言でいえば仕事が非常に楽しかったです。当時、小泉首相退陣後は毎年総理大臣が替わる激動の時代で、スリリングな「政治ドラマ」が展開していました。睡眠を削ってもなんとも思わないほど懸命に働いていましたね。
そんな状況でしたが、2人目の子供が誕生したときは1年間の育児休暇を取りました。1人目の長女のときは妻に任せきりでまったく懐いてもらえず、同じ失敗はしたくないと思ったからです。しかし楽しい仕事現場に復帰したら、1週間で育児休暇中の1年間のすべてを忘れ去っていました。再び百数十時間の残業がある現場に、普通に戻った感じです。

【人生の分岐点】妻のアメリカ赴任、キャリアの選択に迫られ出した答えは「駐夫」

育児休暇を終え、再び政治記者として多忙な日々を送る中、ある日、共働きの妻から飛び出したのは「アメリカ赴任が決まった」という言葉。妻の海外赴任についていくか、家族と離れてキャリアを継続するか、考えた末に出した答えは「駐夫」でした。

小西さん 育児休暇を取ってから2年後、沖縄のリゾートホテルのビーチで家族と過ごしているときに、妻からアメリカ赴任の話を聞いたのです。実は以前から、「私ひょっとしたらアメリカに行けそうだけど、ついてくる?」と聞かれていて、そのときは軽い気持ちで「あぁ、行くよ行くよ」と言っていたのです。
ところが今度は「本当に決まりそうだ」と言われ、「自分のキャリアはどうなってしまうのだろう」と急に現実に直面することになって…。休暇どころではなくなってしまいました。とにかく様々な人に話を聞き、自分なりに調べました。そこで分かったのは、当時、男性の海外赴任についていく「駐妻」は星の数ほどいるのに、「駐夫」はごくわずかであるということです。

森さん そんな状況を知った上で、どのように決断されたのでしょうか?

小西さん 自分の会社にはパートナーの海外赴任に同行するための休職制度があることを知りました。これは悪くないなと思いました。もちろん熟慮に熟慮を重ね、最終的には、「家族はどこに行こうと、どこにいようと一緒にいたほうがいい」という、シンプルな結論に至ります。結局、妻の言葉から1カ月ぐらいで決断しました。

森さん 小西さんにとって、ご家族が一緒にいるということが、最も大切だったということでしょうか。

小西さん そうですね。当時長女が5歳、長男が3歳、子供が成長する過程を一緒に見ていたいという思いもありましたね。

森さん 駐夫としての生活はいかがでしたか?

小西さん アメリカでの生活は、日本とはすべてが違いました。寒さが厳しい、物価が高い、物事は時間通りに進まない。一方で、とても子供に優しい社会だと感じました。子供と一緒にいると、皆にこやかに声をかけてくれますし、地下鉄や階段では、ベビーカーをサッと持ち上げる紳士の姿が当たり前。日本にいた頃に、満員電車でわが子がぐずり一斉に視線を受けるといった経験がありまして…まったく違う光景だなと感じました。

【現在、そしてこれから】現在はジャーナリストとして活躍、さらに新たな挑戦も

アメリカで「駐夫」としての生活を経験し、2021年4月に帰国。現在は、フリーのジャーナリストとして著書を出版するなど、新たな場所で活躍しています。さらに、新しいことに挑戦していきたいという小西さんの思いとは。

森さん 帰国されてまだ2カ月ほどですね。現在のお仕事を教えてください。

小西さん 今はフリーのジャーナリストとして活動しています。専門はジェンダーや海外移住です。2021年4月22日、記者時代に親交のあった政治家としてのアントニオ猪木さんの活動を伝える「猪木道」も出版しました。

森さんー 今後については、いかがでしょうか。

小西さんー コーチングの資格を生かした活動も、始めたいと思っています。人の話を「聴く」プロコーチと、人に話を「訊く」ジャーナリスト。相反する仕事にも見えますが、ぜひチャレンジしたいです。

【背中を押すメッセージ】チャレンジに遅いはない

森さん 最後に、自分の夢を実現しようと考えている方々へ、背中を押すメッセージをお願いします。

小西さん 私は45歳でアメリカに行きました。いい年だったかもしれませんが、結果的に大きなチャレンジとなりました。チャレンジに遅すぎるということは決してない、そう思っています。

『森清華のLife is the journey』
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